預言書としての詩篇(から始まって、今や、様々)

愛される詩篇。その麗しさだけでなく、嘆き、呻きも共感を呼ぶが、預言書としての深い真実があることを解きほぐす。そのほか、つれづれに。

これにだけは感染してはいけない

「単なる風邪」と言う人がいる。


「コロナなめるな」と言う人もいる。


「絶対に感染してはいけない。何としても防ぐべきだ」とも。


しかし、絶対に感染しないようにできるなんて、そんな感染症があるだろうか?
勿論、防ぐべきではあるが、ある程度は感染するのは仕方がないのではないだろうか。
例えば、インフルエンザも、感染しないほうがいいに決まってる。
だから毎年、予防に一生懸命になる。ワクチンも打つ。毎年だ。(私は打ったことはないけど)
それでも、感染は避けられてない(防げてない)のが現実だ。
それゆえ、一定数の死者も出る。


比べてみれば、新型コロナの場合、感染しても軽症で済む人も多い(感染したことにさえ気づかない場合もある)と言う。
しかしインフルエンザは、感染したら必ず高熱が出る。キツイ。とてもしんどい。
このインフルエンザを防げないのに、コロナを防ごうと言うのは無茶なのでは?
無理を承知で、学校閉鎖したり、自殺者が出るまで自粛を強要したり、してるとしたら滑稽に思えて仕方ない。


これはもう、日本中が「コロナ恐怖症」にかかってるようなものだ。


コロナに感染したら、人に伝染さないように隔離されることになるが、
「コロナ恐怖症」にかかったからって、隔離するわけにはいかないから厄介だ。
おまけに「コロナ恐怖症」は、経済を破壊するし、町工場のオヤジさんを自殺に追い込むし、学生を苦しめるし、人間関係を破壊するし、互いに攻撃し合う。


げに恐ろしきは「コロナ恐怖症」なり。
手が付けられない。
そして、この「コロナ恐怖症」は治らない。
人から何を言われても、学者がどう解説しても、緊急事態宣言が解除されても、脳が覚えた「恐怖症」からは抜け出せない。
これにだけは、かかってはいけないのだ。


ただ一つ、脱出の道は


自分で気付く


それしかないのである。

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