預言書としての詩篇(から始まって、今や、様々)

愛される詩篇。その麗しさだけでなく、嘆き、呻きも共感を呼ぶが、預言書としての深い真実があることを解きほぐす。そのほか、つれづれに。

独り言

月曜が休みは美容師と牧師ってのが相場だけど、大教団の固定給の牧師と違って、弱小教会の牧師は休んだら休むだけ自分の首を絞めることになるので、月曜でも普通に仕事する。日曜はもちろん仕事だし。残業なんかいくらやっても手当つかないし、ボーナスないし、バケーションもない。盆休みも正月休みもクリスマス休暇もない!
ないない尽くしだ。
それでもいい、という人が牧師になった方がいい。
それが本当の「召命」ってもんだと思う。
よもや、「先生と呼ばれたい」とか、「信徒を奴隷のように使いたい」とか、「王様のように君臨したい」とか、「自家用ジェットに乗りたい」とか、果ては「ハーレムを作りたい」などの動機で伝道なんかしないでほしい。


思えば、神学生の頃、そのあまりの熾烈な環境と食生活に多くの学生が不満をつのらせ、中には暴れる者、逃げ出す者が続出した。
けど私は、神学校に入るまで、食うや食わずの(ロックな)生活をしていたので、神学校の環境はむしろ楽だった。雨風はしのげるし、食べ物は一応与えられるし(不味かったけど)。
一日にインスタントラーメン一つしか食べず、質屋に通って、時には(仕方なく)断食して、銭湯に入ったら財布の中には、全財産250円! というような日々に比べたら月とスッポン。
しかし、それまで大学生活や独身貴族で、休みにはスキーに行って、青春を謳歌していた人たちには耐えがたかったのだろう。


自慢じゃないが、私は、スキーに行ったことがない。海もだ。普通の遊びはほとんど知らない!
おかげで、今でも(来月、59歳になるが)「肌が奇麗だ」とよく言われる。「つるっつるですね」「何したらこうなるんですか?」って。
お教えしよう。若い頃に何もしなかったから紫外線に当たらずに済んだのでお肌年齢が若いのである。
「ははは、なるほど」と思った方は、☆nice! をお願いします。
って、なんのこっちゃわからんな。
ああ、仕事しなきゃ。

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