預言書としての詩篇(から始まって、今や、様々)

愛される詩篇。その麗しさだけでなく、嘆き、呻きも共感を呼ぶが、預言書としての深い真実があることを解きほぐす。そのほか、つれづれに。

終末には、気持ちのゆったり感(神への信頼)が必要

いやはや、今日は、豪雪等の理由で、初めての無会衆礼拝でした。


10年前の東日本大震災(金曜)~原発爆発(土曜)の時を思い出します。
あの時も、日曜に来なくてもいいから、とみんなに連絡して、誰も来るはずないと思いながら、家族で賛美し始めたんだけど、なんと6人ぐらい来たんですよねえ。
そのうち、初めての人が一人!
(そんなのある? って思いましたよ)
だから、その時は、何の準備もなかったけど、勢いで口から出るままに説教しましたよ。



比べる必要はないんですけど、今回は、本当に初めての無会衆礼拝でした。
(次男と末娘はいましたが)
説教の準備はしていましたが、あえて、しませんでした。


終わってから娘に「いい礼拝だったね」って言ったら、
ハハハ!
って笑って、
「まあ体力的にはね」と。


こっちも
ハハハ
と笑って、
「確かに」




お気楽な牧師親子です。

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